個人が金の延べ棒35キロを寄付   2026.9.16

財政難に苦しむ兵庫県に

時価は8億3400万円。 

 

県関係者によると、匿名希望の個人が寄付した。寄付者の意向を踏まえて金は売却し、
地域振興施策の推進に活用する方針。
(※朝日新聞記事を引用しました)

 

よく生きた金死んだ金とか言いますが、家族親戚に財産を残してどうなるものでも有りません。
欲望やしがらみを断ち切れば、世の中のために使いたいと思うのは常道なのかも知れません。
 詐欺で人のお金を奪い人生をめちゃめちゃにしている奴らは、人生を顧みることが必要でしょう。
このように困っていることに力を貸す人も、間違いなく存在するのです。

熊本や他の被災地などでも、こう言う人がいれば復興も進むのにと思います。

 

いろいろ問題があり逆風吹き荒れる兵庫県ですが、地域民は見捨ててはいなかった。

 

 

ちょっと気になって以前にもあったなと調べたら、

同じ兵庫県宝塚市で2025年2月、病院の建設費にと254億円を寄付した夫妻が載っていました。

 

ムムム、匿名とはいえど? 254億円に比すれば8億3400万年はすくないか?

 

 一生に使えるお金は決まっています。残りの人生が限りあるものであるならば、

寄付して減らそうと思うのは至極当然でしょう。 

 残念ながら、金持ちだろうが貧乏だろうが生きられるのは限りがあります。

お金持ちだからと言って、100年も200年も余計に生きられることはありません。

そこらあたりは、まあ平等なのかなと。

 

あの世にお金を持って行けるわけでもなし、結界を超えればみな同じ。

お金はただの紙になる。 燃やせば灰です。
そうなる前に、お金としての生きざまを与えようとするのではないでしょうか。 
お金は灰にならず、世のため人のために生かされることになる。 僻んではいけません。

情けは人の為ならずと申します。 巡り巡りてわが身に来たるとも申します。

いやいやいや、

私らは254億円や8億3400万円のことを考えてはいけません。

別世界のことなのです。

明日の朝食は666円、それでいいのです。 十分に贅沢です。

それすら食べられない人が山と居るのです。

 

立派な人が、お役所に出向いて寄付をする。それは確かに有りでしょう。

しかし、そんなスマートな行為では万人は救えません、残念ながら。

世界中に困っている人は沢山います。いや、日本にもです。

いやいやいや、賢人の住む町にもですよ。

そこで施しをしないのは、何故なのか? それが素朴な疑問です。

蓄財は万人がもとではないのかと、心底思います。

会社は万人が買い支えます。 間違っても自治体ではありません。

 

自治体がやるべきことに手を貸す。
良いことのようですが、本当はそうしてはいけないのかも知れません。 
渡りに船なんて、自治体には不要です。怠け者になってしまいやしないか危惧します。 
そりゃあ、喜びますよ。 楽なのだから。

 

ただただ、お金を減らしたい。 そうあっては、とても残念です。

 

今テレビを見ていて、単身者が部屋を借りられないと訴えています。

ザルにうどんをあけてすすっています。こういうのが実態ではないのでしょうか?

病院に254億円? やはりお金の使い道、かなり間違っていると思います。

誰かが工面する254億円、それ違うでしょ。 254億円である必要は?

200円もあれば1食助かります。 それって命です。

コンクリートの塊に254億円かけて、喜ぶのは業者や施工者はたまた計画者。

やっぱ、違うと思います。 人を向いていません、全く。

 

ポンと丸投げしてるだけじゃないかとも思います。 
何万人一人一人に寄付する分けでもありません。行政やらの仕事を楽にしただけ、かも知れません。


 医師なき貧国に赴き医療を施しながら、凶弾に倒れた人もいます。

災害には数多のボランティアが人々を助ける。 つまり、自らが汗を流す。

自分が動かず手も汚さず、ポンと大金を寄付。それって何処か違うと思う。

自己満足なだけじゃないのかと。 大金ですよありがたく思えって、そうなのかも知れません。
損得抜きでこそ、本当の支援なのかも知れません。

どこかの国の市長が、避難所に寝泊まりしているという記事がありました。

一緒に暮らさないと、気持ちがわからないからだそうです。

さもありなん。

良く時代劇でやるあれ、高台から貧困の民に向かいお金をばら撒く。

我先にと群がる人々、それを頷きながら見物し悦に入る。良いことをしたと。


まあ他人のお金だから、どうこう言う資格もないけど。

だからこそ言わせていただきたい。

あんた、使い方間違ってるよ、と。

 

 

宗教は好きじゃないが、

功徳ってありますよね? その功徳で世の中は神社仏閣は全国にはびこりました。

死んだらお墓にって、名もなき僧侶が功徳をして回ったのでしょうね。

何百億円何千億円よりも大事なことを説いたのかも知れません。

 

まあ、大量の寄付

私には丸投げしたようにしか思えません。

とても残念です。

 

 

※ 個人の実直な意見です、お間違えないように

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