ピアノ東京写真PLUS ピアノ編

  4月で10年になるが弾けない  2023.1.1
     
 

 №700




早いもので、ピアノを始めてから10年。 10年といえど独学なので、いい加減な性格も乗じて全く進歩しない10年でありました。

それこそ楽譜は結構山のようにあって、何時でも練習出来るように楽譜は仮名振り済み。 仮名は振れるのでそこそこ楽譜は読めてはいるのだけど、

当然のように両手では弾けない。 取りあえずは右手だと嘯いている。 それでもう10年。 光陰矢の如し。

少年老い易く学成り難し、いやいやピアノは鳴りがたしもとい成り難しだった。 


そう言えば、本当はグランドピアノを導入する筈だった。 窓もピアノが搬入できるように設計もしました。 

しかしその窓は意味なく、冬が滅茶苦茶寒いだけの窓になってしまっています。 ああ無常。

多分、一生このヤマハの電子ピアノで終わると思います。 何せ2回も修理しています。 恐らく3回目も有りでしょう。

それでも頻度としてはオーディオよりもピアノの練習の方が圧倒的に多いのです。 価格対比、コスパは最高です。


何だかんだ言ってもクラシック音楽だろうと、弾きもしない曲を随分と仮名振りしました。  全く手つかずなので、傍目には無駄のように思えるかも

しれませんが、この膨大な仮名振りのお陰で楽譜が読めるようになったのは紛れもない事実です。


これは、ブラインドタッチが出来ないけど文字が打てると同じことですね。 通訳を介した話術のようなものかも知れません。

よくよく考えれば、楽譜を見て弾くことはちっとも恥じゃありません。

絵描きはモノを見て描きますね。 想像は、とどのつまりイメージを形に表すこと以外の何でもありません。 想像で似顔絵は駆けないなあ。


絵は見て描くもの、そんなの誰もおかしいと言わないし恥とも言わないですよね。

問題はそうじゃなくて、見ていても左手はダメと言うこと。 同時に右手と左手動かせません。

これには真っ当な理由が存在します。 利き手に比べて、もう一方の手は使用頻度が極端に低いのです。 つまりは練習不足の賜物ですね。


オーディオルーム兼ピアノ室は、冬寒く夏暑い。 冷暖房は完備にしたのだけれど、ほとんど使いません。

使うのは部屋を少しだけ暖めたり冷やしたり、そんな時だけ。 必要に駆られてです。

根っからの貧乏性で、趣味のために使うことが出来ないのです。  グランドピアノ導入が頓挫したのも、同じような理由です。

グランドピアノ導入の予算で、期せずしてスピーカーを購入してしまったからです。 我が家に両方は、未だに存在していません。


引っ越ししてから足掛け6年になります。 当然ピアノ歴も6年延びた分けです、意味もなく。

良く1年に1曲と言いますが、10年も経てば10曲位は弾けるようになっているはずですね。 私には、そんな理屈は通用しなかったように思います。

人それぞれだから、それで良いのかも知れません。


もうひとつ、当地には気軽にグランドピアノを借りて練習する場がありません。 その辺りは、引っ越し前と随分異なりました。

買えなくても何十回とグランドピアノを見に行ったり、練習もした時代は終わったのです。 


もう終活に困るような大物を購入は出来ない、と言う事でもあります。 趣味のものは、引き継ぐ人が居なければ全てゴミになります。

まあ、電子ピアノ位は置いても良いのかも知れません。


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