東京写真PLUS ピアノ編
| ショパンコンクール・ドキュメンタリー番組を見て | 2025.12.24 | ||||
|
|
№743
|
ショパンコンクール・ドキュメンタリー番組を見て、思う所が多々ありました。 録画していたので2度見てしまいました。
ショパンコンクールは5年に1度なので、5年後に挑戦するか否かは成績次第と言う事になります。 ファイナリストは11名(通常10名)。入賞は6位まで。 日本人は13名が応募し、桑原志織氏が4位、進藤実優氏は8位でした。
2021年は反田恭平氏が2位。1970年内田光子氏が2位。反田恭平氏は51年ぶりの日本人2位。
何でもショパンコンクールで入賞もしくは優勝できなかった人は、偉大なる敗北者と言う レッテルを貼られるのだそう。 それがゆえに、5年後の再挑戦に足踏みする人も多いとか。 優勝者は世界的ピアニストとしての地位の獲得であり、将来は約束されると言っても過言ではありません。 ピアノで生計を立てようとする人のみが、挑戦すると言っても間違いではありません。
そう言う事に挑戦している人たちを見ていると、ピアノの世界が違うなとつくづく実感させられます。 演歌や歌謡曲を弾くのか弾かないのかは全く分かりません。 複雑怪奇な楽譜の中から生み出される旋律、それを懸命に奏でようとします。 確かに大変ではありますが、がっかりすることも多いです。 弾けることとはどういうことなのかと、つくづく考えさせられます。 何はともあれ、 ピアノ王国のピアノコンクールなのです。ショパンと言う175年も前に 生存した人物の時代も音楽も、実は誰も知りません。 ただただ、残された楽譜から音を読み取り 多分こうであろうと詮索するのです。 空想又は夢の世界である事は、間違いありません。
ここに参加した人たちは。今後どうするのだろうかと考えてしまいます。 少なくとも630人ぐらいの人は、次回の参加を決めかねるかも知れません。 人間の能力が数年で倍増する、という事は考えられません。 オリンピックより少し長い5年です。 再挑戦の意味があるのか、意義があるのか 問い続けるのかも知れません。
クラシック音楽だけが全てではないと、いつの日か感じるかも知れません。 ショパンコンクールはいわばF1のようなもの。 他にもレースは沢山あるし、走るだけならサーキットすら必要ではありません。 毎日の練習で腕にかかる負担に、多くのピアニストが悩まされます。
私は遠い昔ボウリングをやっていて、プロを目指したことがあります。 プロテストは熾烈で、ボウリング場の推薦の他に厳しい競技があります。 1次試験は4日間毎日15ゲーム都合60ゲームを投げ、アベレージが200以上でなければいけません。 2次試験も同様60ゲームを投げ200以上が求められます。その体力を維持するには、
それに比べれば、ピアノはどうでしょうかと言う思いはあります。 ピアノはスポーツじゃないと言えばそれまでですが。
ピアノは88鍵の鍵盤で、音楽を自由に操る。 そう言う機械になってしまいました。
考えれば3才や5才からピアノをやるなんて、尋常ではありません。 その辺りからやらないと、弾けるようにならないと言うのは どこか間違っているようにも感じます。
そう言う人が大人になって、ピアノコンクールに出る。 いやいやいや、 考えさせられます。
そうなのだけれども、何か 違う生き方もあるのかなと 心底思います。
眠っていたクラシック音楽、 ショパンの楽譜を 今一度練習してみたいと思います。
|
|
|